第二話 KILLERの“K”は、誰の“K”?




一体だれがアリシナを撃った?



船の中で、殺人未遂事件が起きた。当然、航行はストップされ地元警察へ連絡を入れるべきである。ところが、客の中にいたある有名コンピュータ会社の社長が「どうしても予定通りにイタリアに着かないとまずい」と言い出した。そして、船はそのまま航行されることになったのである。
何よりも自分の利益を、事業を優先させる精神に、俺は気がふれるかと思うほど頭にきた。しかしやむを得ない。俺の立場はそれほどに弱く儚い。
警察はいない。船付きの医師が、アリシナを手早く介抱したが、彼女の意識は依然不明だ。点滴の滴がゆっくり、ゆっくりと落ちる。取り付けられた心電図が、弱弱しく音を立てる。いつ途切れても不思議は無い。俺はアリシナのすぐ側で見守ることを望んだが、それに対する周囲の反応は―――残念ながらノーだ。
つまり・・・俺も、容疑者の一人だから。
屈辱と、心配とで心は押しつぶされた。



アリシナは一人部屋のベッドに横たわっていた。船長がインスタントカメラで、会場中を写真に収めた。
けれども、もはや船の中の人全員が知っているのだ、犯人は俺たちのうちの誰かだということを。
俺は自室に入り、手を口の前に据えて考え込んだ。
どうして、アリシナが撃たれなければならなかったのだろう?犯人が、仲間のうちの誰かなどと考えたくは無い。考えてたまるものか。俺にとっては、家族以上に大事な仲間達なのだ。どうして疑えよう?
そうだ、きっと誰かが嘘をついているのだ。客席を離れていた人が全員食事をしていたなんて、そんなはずはない。シェフだって、全員の顔を覚えているわけはないし、トイレに立った人物だっているはずだ。トイレに行くと行って立ち上がり、アリシナを撃って何食わぬ顔で戻ってきても、誰も気づくまい。職員だって、同じ事。

しかしいくら考えても、アリシナを撃つほどの理由を持ったものが居るとは考えられなかった。
俺は唯一の肉親を失い、そしてまた仲間を―――容疑者として連れて行かれるのではないか、という意味で―――失うのではないかという深い苦悩に苛まれた。
流れる時間が憎らしい。時が経てば経つほどに、アリシナの生命が消えていく気がした。その近くで見守ることすら許されない俺。




・・・・・・頭が痛い。

少しのあいだ、頭を休ませた方が良いのかもしれない。
そう思って、部屋の鍵を外した。外はひんやりとした海風を微かに感じる。なるほど部屋の中よりもすっきりしそうだ。そうだ、甲板に出よう。
毛の長い絨毯を踏みしめ、一歩一歩歩き出した。全てが幻で、次の曲がり角からアリシナがひょっこり出てきそうな気がして。
「もう、すっかり良いのよ。心配かけてごめんなさいね。」
今いるこの空間が幻でないことを確かめるかのように、絨毯を踏みしめた。



ふと見上げると、扉が開いている。あれは、コージの部屋だろうか?少し開いた扉の前、何とは無しに中を見る。暗い、電気のついていない部屋。会場で着ていたタキシードの上着を脱いで椅子にひっかけてあるのが見える。そして、奥の鏡の前に、彼は居た。右手を掴んでいる。
「何して・・・」
声を掛けようとしたのだが、様子がいつもと違っていたので、俺は次の言葉が出なかった。
コージの右手は震えていた。小刻みに、精神とは無関係に。暗い部屋の中、震えているのがこんなに離れていてもよく見える。コージの青白い顔が鏡に映る。少し前に染めた青白い髪の色と混ざり、存在そのものが青白く光っているような気持ちに包まれた。そう、まるでコージのいる場所だけが冷たく、凍ってしまっているかのように。
こんなコージを、今までに見たことが無かった。
妖気・・・・?
俺はふと考える。コージの中の、秘密の扉が開くような気がした。いつも明るく優しい男の陰から、何かが首をもたげるのが、一瞬だけ見えたような気がした。
コージの使っているギター「KILLER」が見える。
キラー・・・『殺人者』・・・・・・・・・



俺は思わず後ずさりをした。何かが、砕けたような気がした。
震える手は、利き腕の右。銃を撃った衝撃は、慣れない者にとってはかなり辛いものであるという。反動で、手が痺れることもあるだろう。

違う。違う、違う・・・彼が、犯人であるわけがない!何年も一緒にいて、あいつがどれほど良い奴か、分かっているはずだ。貧乏のどん底にあっても、飼っているハムスターにあげると言ってパンを持ち帰るコージ。寒い夜に、『ボーカリストが風邪ひいて、鼻声になったらシャレにならへんやろ?』と上着を貸してくれたコージ。
ああ、でも。酔って暴れる顔は、時に狂気に見えなかったか?
学生のころ、大勢の上級生に囲まれて喧嘩をした、なんて話を何度か聞いた気がする。その時顔は殺気走っていなかったか?
そんな様々な姿のコージが、脳裏に浮かんでは消える。
俺には、分からなくなっていた。一体どれが本当のコージなのだ?
仲間を疑うなんて、そんなことは一生無いと思っていたのに。このどす黒い気持ちは一体何だ?





――――KILLERノ“K”ハ、誰ノ“K”?―――





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